ロスジェネ勤務医の資産形成ブログ

ロスジェネ世代麻酔科医師のコッカーマリンです。資産形成や日々のことについて感じたことを書き綴ります。

無給医問題から考える、日本人の命の価値。信仰を受けた医療から食われる人間。

こんにちは、コッカーマリンです。

 

アゴラに先日こんな記事が出て案の定、お医者さんたちから大批判です。

agora-web.jp

簡単に言うと

国のお金の中から医療に回すお金はこれ以上増やすのはあかんので、無給医を有給医にするために回すお金は他の医者の給料からまわすべきだ。

そもそも医者は恵まれすぎだ。

という意見。

 

んでもってそれに対する医者からの反論の記事もでてきました。

www.minesot.com

長いんですけど、簡単に言うと

無給医は違法だからダメなのである。

医療費は上がっているが、日本の医療は効率が実は良くて、門外漢に文句を言われる筋合いはない

ということだと理解しました。

 

僕は医者ですけどどっちの意見も別に正しいとも間違っているとも思いませんでした。

 

医学部に優秀な人が集中しすぎ、そうなんだと思います。

無給医は違法だし時代が変化してるんだからそれに合わせて待遇は是正されるべき、そうでしょう。

 

無給医に給料あげるかわりに他の医者の給料を下げよう、ってそんなことどうやったらできるの?

法律が決めたとおりにちゃんとやりましょう!っていうけど、法曹界をそんなに信用していいの?数々のトンデモ判決で医療はどうなったんですか?

とも思います。

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僕は思うんですけど、人類の歴史の中でここ100年くらいで医療が凄まじく進化した結果、今は医療自体が人間を食い始めているのではないか、ということなんですよね。

 

病気なり怪我をしたら病院に行って治してもらえる

寿命以外での死亡は、「医療」を使えば回避できる

 

っていう、なんか信仰みたいなのが現代の人の頭の中にはあって。

もう今や世界中どこに行ってもその価値観っていうのは共有されている(もしくは今後共有されていく)のだと思います。グローバル化してますから。

 

「死」とか「痛み」というのは誰もが根源的に避けたいものだから、テクノロジーの進化で少しでも避けやすくなるならいくらでも資源を投入してしまう、という特徴があるんだと思うんですよね。

例えばインターネットでツイッターを見たいっていう欲望もかなり強いものだけど、痛みを避けたいという欲望に比べたら全然弱くて。

ツイッターをみるために高いお金がかかるといったらみんな見ずに我慢するだろうけど、痛みならどんなコストかけてでも治したい、みたいな。

年収が300万しかない人が死ぬ病気になったとして、1億円払ったら助けてやろうと言われたら借金してでも払うかもしれない。とにかくみんな、死にたくない。

医療というのはみんなの財布の紐を握ってるんですね。

 

そういう"いいこと"をやってくれる医療というものは、今の所どんどん進化していく方向にまだあります。

経済が強い国では医学界にまだまだたくさんお金が流れてくる。

世界中の糖尿病患者が使う糖尿病薬を開発したらすさまじい利益があげられます。

 

しかし一方、自分が助かるために一番いい医療を全員がが選択し続けると、国全体の医療にかかるお金のせいで病気でない人まで普通に暮らすことができなくなる、という問題が起きてきています。

まさに医療が人間を食っているんです。

 

医療の進歩によって痛みや死から逃れられるという信仰。

日本みたいに経済が弱くなった国の国民もまだその信仰だけは残っていて、実際に投入できるお金とのギャップが出てくる

こういう問題はすべてこの流れで理解できます。

 

ロボット支援手術の適応範囲が広がったのに保険点数はこれまでの腹腔鏡手術と同じにされてしまった、あれなんかはわかりやすいですよね。

ロボット支援手術という最新の治療を受けたいという要求はあるんだけど、国はお金は出せないと言っている。

 

医療が投入される、弱い立場になった人、をどれだけ救えるのかというのは、その国がどれだけ豊かなのかに本当は左右されるはずです。

日本では国が弱くなって、弱い立場になった人間(老人)の割合が増えているので、医療が貧しくなっていくのは自然の流れなのです。

 

暴論をいうと、

豊かな国の人間の命の価値は高く、貧しい国の人間の命の価値は低い

ということになるんです。

 

「日本人の命の価値」はどんどん下がっていっている

それを認識しないといけない。

 

人権を無視したような暴論なのはわかっています。

しかし、人権という考え方もヨーロッパのある時期に生まれてきて世界中にいまはびこっている信仰のようなものです。

先程の「人間の命の価値」といいましたが、まず普通は紙幣価値のことを思い浮かべるとおもいますが、「紙幣」だって信仰です。

 

今起きていて今後も続いていくことは、まさにパイの奪い合いにほかなりません。

医療の世界というのは巨大なので、いきなり医療費が半分になったりはしない。

だんだん権力のない部分から削られていって、最後はどこかでプラトーに達するでしょう。

そのころには老人の数すら減ってきていて、逆に新しい日本の姿が見えてきているかもしれません。

 

麻酔科の医者なんて、医療の世界のメインストリームにはいないし勤務医中心だし、とにかく権力がない。

あんな変な専門医の条件を押し付けられてフリー麻酔科医を締め出そうとしているのをみたらよく分かります。

 

 

www.cokermarin.com

 

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医療費を削減するためのやり玉にあがったんですよね。

医学界の親分達からしたら麻酔科学会なんてちょろいから。

 

麻酔なんて麻酔科の専門医がやらなくてもいいみたいなこんな話が出てくるのはある意味ありえる話なのです。

www.cbnews.jp

コストをかけないと出来上がらない「麻酔科の専門医」、そんな"高級品"に麻酔してもられるほどいまや「日本人の命の価値」は高くないということかもしれません。