ロスジェネ勤務医の資産形成ブログ

ロスジェネ世代麻酔科医師のコッカーマリンです。資産形成や日々のことについて感じたことを書き綴ります。

麻酔科なんて何が面白いと思ってやってるんですか?

こんにちは、コッカーマリンです。

 

今アルバイト先で行っている病院でローテーションしている研修医を見ていると、全然面白くないんだろうな...って思うんですね。

大きな病院って、結構ゆるふわみたいなのがたくさんいて、そういう人って麻酔をかけることを単なる流れ作業みたいにやってるように見えます。

そういう人が「後ろ付き」みたいな感じで研修医と麻酔してるんですけど、まぁ何も教えてないですよね。

そういうところにいた研修医って口には出さないでしょうけど、

「麻酔科なんて何が面白いと思ってやってるんですか?」

って思ってそうです。

 

喉頭鏡ってこうやって使うんだよ、血圧下がったらエフェドリン入れるんだよ、みたいにとりあえず作業的には教えるんでしょうけど。

たまに僕が研修医と入ることになったときにいろいろ(うざがられない程度に?)質問してみると、ほんと何も教えられていない...

書いてて自分、老害っぽいな...って思っちゃいましたが。

 

いつも麻酔科の未来は暗い、みたいなことばっかり言ってますが麻酔の面白さというのは確実にあります。

麻酔が一番面白い診療科だ!というつもりは全く無いですが、一部の他の診療科の先生が思っているように「麻酔入れて麻酔器の前で座っているだけ」の仕事では全くありません。

 

大袈裟に言うと麻酔に魂をかけているガチの麻酔科医、みたいなのが何人かに一人はいて、そういう人がいろいろ普段からいろいろと考えていていることでトラブルに対応できる、それでなんとかうまく回っているんですよ手術室って。

 

 

多くの麻酔科医の考えている「麻酔」(Anesthesia) の定義は英語のwikiが結構過不足ない感じだと思います。

 

Anesthesia or anaesthesia (from Greek "without sensation") is a state of controlled, temporary loss of sensation or awareness that is induced for medical purposes. It may include analgesia (relief from or prevention of pain), paralysis (muscle relaxation), amnesia (loss of memory), or unconsciousness. A patient under the effects of anesthetic drugs is referred to as being anesthetized.

Anesthesia enables the painless performance of medical procedure that would otherwise cause severe or intolerable pain to an unanesthetized patient, or would otherwise be technically unfeasible. 

麻酔は医学的な目的で施行される一時的な感覚または意識の消失で、医療者によって厳密にコントロールされたものです。

「麻酔」は痛みをとること、体の動きを抑えること、記憶がなくなること、意識がなくなること(*記憶がなくなることと意識ななくなることは厳密には異なる現象です)が含まれた概念です。

麻酔をしておくと、医学的処置を受けるときに痛みを感じなくなったり、眠ってしまうことで苦痛がなくなり、麻酔なしでは不可能な処置まで可能になります。

 

↑むちゃくちゃ意訳ですけど。 

麻酔ってこんなんですよ。

麻酔科の仕事はこのうちの生命の危機が起きる可能性が高めの、危ない麻酔管理に関して専門的に関与する仕事ってことでしょうか。

こういうと大げさですけどね。

 

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麻酔というのは本当に生理学的にみて面白い。

「周術期臨床生理科」とか、なんか名前に変えたほうがいいんじゃないかと思いますね。

分かりにくいか。

どっちにしても麻酔をするなんて麻酔科の仕事のごく一部で(大げさではなく)、麻酔科っていう名称はおかしいと昔から思っています。

 

生き物が生命を維持できてるのは、生体が結構微妙なバランスをうまく制御してるからで、一つ一つの仕組みを進化の過程で手に入れてきたわけです。

 

神経系呼吸器系循環器系体液バランス代謝、すべてが一体となって生理学的に協調しているので、うまく生きていられるわけです。

ふだんは意識しないんですが。

 

お腹に腫瘍があるとして。

お腹を開けてその腫瘍をとりたいと。

人間の心と体はそんなのに耐えられるようにもともとできていないので、もし麻酔せずに縛り付けてお腹切ろうとしたら患者さんは暴れて血圧上がって精神が崩壊します。

普通に想定された「生きる」ことの範囲外にある事態だからです。

 

なので麻酔はそのバランスを崩す介入をするわけです。

眠らせて、生体の感じる痛みを減らし、体が動かないようにしてあげる。

なので「想定外」のことができるようになるのですね。

 

そうして人類は麻酔によって多大な恩恵を受け、麻酔は人類の幸福にすごく貢献してきたのです。

 

もう一度言うと、長期的な予後を良くする(治療というやつです)ために、一時的に痛いこと、苦痛なことが必要になる場面があって、それを乗り切るために存在する魔法のようなもの。

麻酔ってそういう立ち位置なんですね。

 

一時的な痛いこと、苦痛なことというのは医学的には「侵襲」といいます。

患者さんが感じる痛いという感覚以外の、体に対するダメージも含んだ概念ですけど。

 

麻酔という介入は、望ましくない影響も体に与えます。

麻酔科医の役割は、「麻酔状態」を維持しながら、望ましくない全身に起こる生理学的影響を様々な手段で代替してあげる、監視する、和らげてあげるのです。

 

まず全身麻酔は大抵の場合呼吸を弱めます。

息の通り道(気道)はヒトの体のバグだと思っているんですが、すごく簡単に閉塞するんですよね。人間の急所なんですね。

そこが麻酔でやられやすい。

忘れてはいけないことですが、麻酔科医は挿管の専門家ではなく、気道確保の専門家です。

閉塞しそうなしなさそうな、閉塞してないけど換気不十分でこのままほっといたらヤバそうだ、とか麻酔科医しかパッと見て判断できないような変化があります。

麻酔科医にしかない、気道に関する見え方というものがある。

毎日気道が通らなくなる状態を見ていますからね。

そういうことをやってる科はほかにないです。

 

挿管して人工呼吸をすることは、多くの場合陽圧換気といって普通の呼吸と真逆の肺の膨らみ方になる。

これも結構ダイナミックな変化で、その患者の肺は産まれて初めて陽圧換気という経験をすることもあるはずです。

それが麻酔の終わり頃に急激に元に戻される。

肺や気道に何が起きているのか、肺胞にどのような生理学変化が起きているのかを麻酔の医者はいつも考えています。

 

麻酔薬は大抵心臓の収縮する力も弱めますし、体中の血管が緩んで、前負荷・後負荷という心臓にとって動きを規定する要素も何秒、何分のスパンで一気に変化します。

挿管して陽圧換気をすることも循環に影響を与えますので、心肺機能からみると全身麻酔をされたことで天地がひっくり返ったような、ダイナミックな状況がおきてるんですね。

ヒトの体はそんな変化にも瞬時にある程度生理的にうまく適応するので、バイタルサインに出てくるまでに修正されてきているんですが、酔科医はその奥で何が起きているのか想像しておかないといけない。

でないと生体が自分の力で修正しきれなかったときに、どうさらに介入してあげればいいか分からないからです。

 

循環器や救急の医師のように、原疾患があって悪くなっている状態、それを治療する立場と、ともともと正常でそれに麻酔という医療介入をすることで一事的に悪くして手術などの侵襲に適応できる範囲に抑える、という立場はぜんぜん違う。

 

特に循環器内科医は循環の管理に関して麻酔科医の上位互換というわけではないんですよ。心臓だけが問題になった場合彼らの独壇場ですけど、手術と麻酔が組み合わさった場合の循環管理に関してはやはり麻酔科医が上手いです。

 

「麻酔がかかった」人は寝ているように見えますが、その患者の脳が実際はどうなっているのでしょうか。

脳のどの部分の神経の活動電位が、どの程度の割合抑えられているのか。

実は意識は全部とれていなくて、思い出せないだけ、ということもありえます。

そもそも麻酔がかかったというのは、どういうことなのか。

術後もしばらく認知機能が落ちることなど、とても面白い現象です。

もともとの脳内の神経伝達物資のバランス、脳の神経のネットワークの密度が人によってもちろん異なりますので、麻酔の影響でそれらがどのように中短期的に影響されているのかなど、考えることはたくさんあります。

 

長い手術だと、代謝の変化の影響もあります。

麻酔をすることで、代謝が落ち、体温が下がったりします。

手術という侵襲に対する新しいホルモンバランスが完成し、終わればまた元にだんだん戻る。

術後の患者の状態はすべてその変化を反映しているはずです。

 

免疫能の低下もおきます。

それぞれの変化に対して適応できるように転写因子の発現の変化などもおきて、普段はあまり出てこない分子が増えてきたり。

 

それらが手術という侵襲下における生体にとって、良いことなのか悪いことなのか。

考えようと思えば考えられることは大量にあります。

 

体に侵襲が加えられて、麻酔科的な、生理学からみる視点で術後なんかもみていると、重症患者がARDSになるような理由がとてもわかりやすくなります。

あのような急性期に変化する生体の生理学的な理解って、麻酔科独特のものがありますよ。

ガチの麻酔科出身の集中治療医と接した医療者なら何を言っているのか分かると思います。

 

麻酔科の立ち位置というのはとても独特で、他の分野の医者にはないところにあるので理解されにくいし軽視されがちなのですが、とても重要だと思います。

対病気で、生理学的なものはその副次的なものであるという立ち位置と違い、麻酔科の医者はいつも対生体ですべて見ているからです。

もちろん病気のこと、治療のこともある程度分かっていてこその一流の麻酔科医だと思いますが。

 

プロポフォールこんだけいれて挿管して、終わったらブリディオン入れて目が覚めたら抜管して終わり、何も考えずにこんな感じでも麻酔科やっていけてしまうのがなかなかツライところなんですが、麻酔科の本質は神経ブロック頑張るでもなく経食心エコー頑張るでもなく以上のようなことだと思うんですがどうでしょう。

 

若手の麻酔科の先生は麻酔で何が起きているのかということを常に考えていてほしいと思います。

麻酔科学はとてもおもしろい学問ですよ。